違いの味わい

Illustration by Daniel Ferencak

お笑いの相方

今回のWS(ワークショップ)で「CMをつくる」というのをやりました。

その関係で先日、部屋にあった「広告批評」という雑誌に目を通していました。

その号は「お笑い21世紀」という特集をやっていて、お笑いユニットの「ラーメンズ」や、漫才コンビの「ますだおかだ」のインタビューなんかも載ってまして、気がついたらそっちの方を読みふけってました。

この時、まえに読んだ時には気に留めなかった部分なのに、かなり印象深い内容に出会ったのです。

それは、「どうしてその相方(パートナー)になったのか」というところでした。 ラーメンズのブレーン(台本を考える方)の小林賢太郎は当初、相方は自分と似ている人を想定していたようなのですが、最終的には、自分には思いつかないようなことをしでかす、自分の「笑いの方程式」みたいのでは測れない、いってみれば自分とは対照的な男、片桐仁を誘ったのでした。この点、ますだおかだもほぼ同じといえます。

「最初は僕の作品を一緒にやってくれる人はもっとも作品を理解してくれる人、つまり、僕に似た人じゃなきゃいけないんじゃないかと思っていたんですけど、実は僕にできないことができる人、その人にできないことを僕ができるという人が必要だったんです」(小林賢太郎)

「僕が考えても出てこんようなことを、おかだは普通に出してくる。ないものを持っているから、ほしいなと。足速い選手がおるから、肩が強い選手がほしいみたいに」(ますだ)

果てしない違い

僕は今回のWSで、自分の似た人、自分が面白いと思うことを面白がってくれる人ときっとたくさん出会える、という期待がありました。自分の作ったサイト、チラシを経由しての申込みを受けるというのはけっこう嬉しいもので、その度にPCの前で小躍りしたりもする僕です。そしてもちろん、ある程度まで、自分と同じようなことに面白がってくれる人、自分と似た興味を持つ人たちと出会えたわけです。

が。

今回、それ以上に実感として残ったものは、いろんな人が、自分にはないものを持っているもんだなあ、自分とは違うなあ、という発見です。

職場とかにもまわりにいろんな人いますけど、その時はそれほど強く感じてなかったと思います。ってことは、ある程度似ているからこそ違いを感じるってことなんでしょうか。

僕のあやふやな(スンマセンホント…)段取りとかをフォローしてしまえるアシスタント、参加してくれた皆さんの刺激的なアイデア、心地よいアイデア、現役さすがのパフォーマンス能力、ちょっとしたことから感激できる感性…。 出るわ出るわ、「どうがんばっても自分は真似のできない」「あんなふうにはなれない」というあの感じ。そりゃあ、その逆の、「そこは自分のやり方のほうがベターかな」とかもありますが。そのへんもひっくるめて感じたことは、

もう、ホントに、「違い」って果てしない。

そんな違いがあるってことで、僕は誰かの助けを必要とするんでしょうし、時には誰かの助けになれるのかもしれません。

基本、一人で好き勝手に動くのを好む僕ですが、そんなことを感じさせられたWSでした。